ART Critics | 20220925
「交換時間ーーメディアの温度」展は、マルチメディアのアーティスト、楊璞赖馨が仙台で参加したアーティスト・イン・レジデンスの成果発表展である。この展覧会のタイトルからしてすでに楊の制作コンセプトがほのめかされている。メディア論で人々に大きく影響を与え、また、「メディアはマッサージである(The Medium Is the Massage)」という名言を残したマクルーハンは、メディアを「熱いメディア(hot)」と「冷たいメディア(cool)」で分類している。この分類を通じて、受容者がメディアから得られる情報によって参与度が異なると言っている。充分な情報が与えられ、受容者がそれに満足し、参与度が低いのは「冷たいメディア」である(例えば電話、テレビ、対談)。その一方、与えられた情報が少なく、受容者が自ら情報を補わなければならない場合、参与度が高くなり「熱いメディア」にある(例えば写真、映画、講義)。
成果発表展ポスター ©️YANG Pulaixin
今日の我々はどのような温度のメディアに囲まれているだろうか。この問いを念頭におきながらYouTubeに投稿された映像とiMessageで送られてきた現地の展覧会の写真を通して、楊の作品を拝見した。ちょうど楊が仙台で制作した時期は、ウクライナにロシア軍が侵攻し、新型コロナウイルスによる6回目の感染拡大が起こり、メディアを通じて様々な声が盛んに上がっていた時だった。このような背景に、楊は4つの構成から成る作品を作った。
まず、会場の広い壁に映っている映像作品は、仙台の日常風景をビューティーカメラで撮影したものである。宮城県の伝統こけしなど人顔を用いたオブジェはビューティーカメラで顔が認識され、かわいらしいミームが付けられる。そして、壁の反対側のもう一つのスクリーンには、同じ内容の映像をニュース番組のような構成に編集している。ここでは、ニュースを読み上げているアナウンサーの音声が流れているが、字幕には壁に投影されている映像作品の傍白である。また、その隣には遠隔のワークショップで募集した多国籍の参加者11名が個人にカメラに向け、アナウンサーと同じように自分が伝えたいことを母国語で自由に語った自撮りの映像がある。一部の画面は半分に切り抜けられていて、鏡でその半分を写している。最後に、右の白い壁で映像のスペクトルが虹のようにグラデーションをつくり、波打っている。
展覧会風景 ©️YANG Pulaixin
楊は4つに分かれた作品を、全体として一つに観客へ向けて巧みにアプローチしている。一見それぞれ独立しているように見えるが、実際には、ひとつ前の作品の一部が他の作品に内包されていたり、述べられていることが別の作品に潜んでいたり、空間全体が一つのインストレーションとして仕上っている。こうした手法は、前後の文が補いあって文意を完成させる中国古詩の表現方法「互文」を表している。
会場に行かなくても、メディアを通して遠隔ワークショップができ、展示の鑑賞もできる。特にこの数年、新型コロナウイルスによって我々の外部とのコミュニケーションはテレビやSNSなど、多様なメディア通して組織されており、外部の出来事を知り、社会について観点や政治理念を決定していくのもメディア通してである。遠く離れた国の戦争やパンデミックが目の前で起きているようでありながら、そのリアリティは喪失してしまった。
作品風景 ©️YANG Pulaixin
作品風景 ©️YANG Pulaixin
作品風景 ©️YANG Pulaixin
社会の進行は、すでに宮城県の伝統こけしといったモノの大量生産から、ミームのようにイメージや記号の複製技術へと移行している。記号の表層としてのメディアは、原本のコピーとして情報が運ばれ、それによって伝えることの自己同一性を失われているという問題が取り上げられている。楊の映像作品には、実際に存在している「宮城の風景」の様々な実体物をカメラにおさめ、実体のないミームと融合した手法し、複製技術がもたらした「記号化された世界」における実体性の消滅を改めて提示している。ジャン・ボードリヤールの『シミュラークルとシミュレーション』(1981)によれば、現代社会にはオリジナルが存在せず、コピーであるシミュラークル(simulacre)によって現実がデータに置き換えられ、喪失し、現実と記号が逆転する時代を予告した。今日のこうした時代で生きている我々が目の当たりにしている社会の表象は、メディアが端的に提供してくれるため、記号が氾濫し、事実が断片化し、客観的な真実より感情的な世論が強い影響力を持つ状況になる。そうした中で、思考することはますます難しくなっていると言えるだろう。メディアは情報の乗り物という本来の役割から、世界を支配する存在として移り変わった。
こうしたポスト・トゥルースが溢れている事実を背景に、楊は遠隔ワークショップを企画し、11名の自由表現を多様な声の証として無意識に浸透した思い込みをなくすための再考を促している。鏡を用いたスクリーンと鏡像の対照は、実物と虚像の差分と統一を提示しているように思われる。バーチャルとリアリティ、主観と客観、記号と本質、内部と外部の世界の関係に奇妙な乖離があることで、私たち鑑賞者の認識を揺さぶり続ける。両側の世界に近づこうとすると、より多くの記号が生成され、より大きな落差から様々なアポリアが現れるだろう。自分が目にした物の光景をどのように考えればよいのだろうか。楊の作品は、メディアと切り離せないスペクタクルの社会のなかで虚構と現実を行き来して生きる私たちに向けて思考の仕組みや認識のあり方を問い、今日の切実な問題を示した。このようにしてアートは別のかたちで、オルタナティブなメディアの役割を担うようになるのだ。
作品風景 ©️YANG Pulaixin
作品風景 ©️YANG Pulaixin
作品風景 ©️YANG Pulaixin
交換時間ーーメディアの温度【成果発表展】
会期|2022/3/12-3/17
10:00-20:00、最終日は17:00まで
会場|TURN ANOTHER ROUND
仙台FORUS 7F even内ギャラリー
仙台市青葉区一番町3-11-15
Facebook https://www.facebook.com/TurnAnotherRound
アーカイブ|http://turn-around.jp/sb/log/eid858.html
杨璞赖馨(YANG Pulaixin)
中国生まれ、2022年に武蔵野美術大学大学院を卒業。マルチメディア&多言語を扱ってインターネットと日本をベースに活動中。
流動性のある芸術表現を制作しながら、国境を越えた共同アートプロジェクトに積極的に取り組んで、精神的、文化的、社会的な構築を進めることに的を置き、あらゆる角度から芸術的革新・魔法を見出すことに専念している。
Born in China, graduated from Musashino Art University Graduate School in 2022. Currently based on the Internet and Japan, dealing with multimedia & multilingualism.
While creating fluid artistic expressions, Pulaixin actively involved in cross-border collaborative art projects, focusing on advancing spiritual, cultural, and social construction, and is dedicated to finding artistic innovation and magic from mutiple perspectives.
侯米蘭(Hou Milan)
侯米蘭(Hou Milan)、中国四川省⽣まれ。2021年に武蔵野美術⼤学芸術⽂化政策コースを修了。現在都内ギャラリーで勤務しながら、同世代作家にめぐる美術評論、キュレーターの活動も⾏なっている。
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